2007年12月08日 (土) | 編集 |
■「あとがき」で紹介していただきました。
牢 宮之原警部シリーズ最新作『紺屋海道蔵の街殺人事件』の著者あとがきで、本ブログ「宮之原警部オッカケタイ」を紹介していただきました。また、過分のお言葉もいただきました。木谷恭介様、ありがとうございます。また、ご挨拶が遅れ、まことに申し訳ありません。書信をしたためましたので、今後ともよろしくお願いいたします。 さて、ご紹介いただいたおかげにより、本ブログのアクセス数・ページビュー共、従来の最高値をついに突破するに至りました。もちろん、訪問者のすべてが宮之原警部シリーズや木谷作品のファンとは限りません。例えば「パサニアクラブ」とか、和歌・成句などのいずれかのキイワードでアクセスしてくる方もいらっしゃいます。が、何割か、そして最近増えた分(とくにページビューの急伸)は、宮之原警部ファンと考えて間違いないでしょう。 今考えていることは、暫時、掲示板を開設してみようかな、ということです。このブログにもコメントやトラックバック機能はありますが、利用しにくいように思います。可能性を検討の上、報告いたします。ご意見は、メールにてどうぞ。
■12/8小ネタかき集め:デジタル
●PDAとして、最高!!iPod touch:日経パソコンオンライン 設定の方法なども紹介されている。で、音楽プレーヤーとしては?●インターネットは無料天国! (BusinessWeek):NBonline(日経ビジネス オンライン) 無料サービスと、無料の商品提供サイトと。ネットでは「米アップル(AAPL)が「iTunes(アイチューンズ)」の音楽サービスを利用して「iPod(アイポッド)」の売り上げを伸ばした」ような「"損して得取れ"モデル」がこれからも普及するという予測。●mixiやはてなにも対応--日本発のマッシュアップツール「Myremix」:ニュース - CNET Japan 「Yahoo! Pipes」のように、RSSフィードをマッシュアップしてRSSフィードかメールで受信できる。国産のサービスで、「はてな」・「mixi」・「楽天」などのAPIも取り込める。●コレガの「ポチッとTV」はわずか61gの手のひらワンセグテレビ:モバイルチャンネル - CNET Japan 携帯電話やゲーム機にワンセグ機能をつけるのとどっちがいいか。
■気になる本:『モノができる仕組み事典』
商品や製品ができる過程を、写真で紹介した本とのこと。 こういう、社会科見学っぽい本は、ちょっと気になる。モノができる仕組み事典posted with amazlet on 07.12.07成美堂出版編集部 成美堂出版 (2007/11/01)売り上げランキング: 2041Amazon.co.jp で詳細を見る・オンライン書店bk1・楽天ブックス【内容情報】(「BOOK」データベースより)日用品から旅客機まで、50種の完成するまでの工程を現場写真で構成。 【目次】(「BOOK」データベースより)1 オプト・メカトロニクス(デスクトップパソコン(液晶一体型)/プラズマテレビ ほか)/2 乗り物(自動車/タイヤ ほか)/3〇楽・スポーツ(グランドピアノ/トランペット ほか)/4 食品(マヨネーズ/インスタントコーヒー ほか)/5 生活用品(スニーカー/洋服 ほか)/6 資材(板ガラス/屋根瓦 ほか) (楽天ブックスより)
■細谷喨々「二日」
俳句の季語で「二日」と言ったら、問答無用で1月2日のことです。もちろん新年の季語です。二日―細谷喨々句集 (リブロ・件 1) 細谷喨々 /ふらんす堂 2007/09出版そして「二日」は、俳人細谷喨々(本名は細谷亮太さん。聖路加国際病院の副院長を務める小児科医)さんの誕生日でもあります。同じ人が書いた句ばかり集めた個人の句集なのに、どうして目の前に立ち上がる一句と、紙の上に横たわるままの句があるのか、ちょっと不思議な気がします。今朝私の前に立ち上がった句は水痘疹はなやかに子はラムネ飲むです。病気も快方に向かって、少し熱の残る体に、ラムネはおいしいでしょうね。水痘疹の痕さえも、快癒のはなやぎを感じさせます。ラムネつながりで(句としてはいいのか悪いのかわからないけど)「日野原先生九十五歳」という詞書きのある八十年ぶりのうまさとラムネ飲むがあります。ラムネとはまさしく15歳を象徴する味なのでしょう。八十年ぶりに15歳の味を味わえるなんて、長生きはするものです。
■つがる弘前城殺人事件
つがる弘前城殺人事件(さすらい署長・風間昭平) (中津文彦・光文社・文庫)中国からの覚醒剤密輸に絡む特命を帯びて、風間昭平は弘前中央署に赴任した。津軽地方の食品加工場が拠点らしい。特捜班を編成し、内偵を進める中、リンゴ農園での男女の心中事件に遭遇、偽装殺人との見方が強まり、風間は苦悩する。殺人犯を追うか、人命を損なう覚醒剤の大規模な摘発を優先するか。津軽三味線が奏でる人間の心の闇。人情派・風間の決断は。★
■『床下仙人』 原 宏一
◆ 床下仙人 原 宏一 (祥伝社文庫) ¥580 評価…★★☆☆☆<作品紹介>「家の中に変な男が棲んでるのよ!」念願のマイホームに入居して早々、妻が訴えた。そんなバカな。仕事、仕事でほとんど家にいないおれにあてつけるとは!そんなある夜、洗面所で歯を磨いている男を見た。さらに、妻と子がその男と談笑している一家団欒のような光景を!注目の異才が現代ニッポンを風刺とユーモアを交えて看破する、“とんでも新奇想”小説。 (文庫裏表紙紹介文)他、『てんぷら社員』、『戦争管理組合』、『派遣社長』、『シューシャイン・ギャング』の全5篇を収録。
■『ジョシデカ』は視聴率は低い?
『ジョシデカ』初回だけは、良かったみたいですが、第二話以降は、10%を切ってるそうで、ブログでの話題も低迷みたいです。岡田准一主演の『SP』 と対称的ですね。オイラは視聴率が低くても、面白いと思えば、ズルズルと観てしまう方なので、最終回まで観るでしょう。オイラは、視聴率の低かった天海祐希『演歌の女王』も、最終回まで観てました。自慢です。★★★第八話で、犯人は、ほぼ決まりでしょう。公式サイトには第九話で、犯人及び数字の謎が明かされると、書いてありますけど・・・・。犯人の条件は・・・・女性で、警察内部の人間で、日暮署に来ていて、畑山刑事を知っている人だそうです。犯人の似顔絵からすると、畑山刑事の恩師の岩代教官(片平なぎさ)しかいません。動機も、語られているし(説得力に欠けるけど)。脚本家の秦建日子(はた・たけひこ 注:男性だそうです)。篠原涼子が主演の『アンフェア』の小説版を書いています(原作と表記されています)。ちなみに『アンフェア』の脚本は佐藤嗣麻子です。★★『ジョシデカ』は、『アンフェア』に似ています。1. 連続犯人が起こって、それらの事件を裏で操っている真犯人がいる。2. 真犯人は警察内部の人間で、主人公をよく知っている。★★第八話は、ドリフ・ネタみたいな感じがあります。貧乏生活をしている畑山刑事、自宅で食事をしていて、上から水が大量に降ってきます。畑山刑事の取り調べも、ギャグに近いです。真面目に熱演している仲間由紀恵は偉いと毎回思います。広告代理店匁『きまぐれコンセプト』では、聖母扱いされてました。結構、貴重な芸能人だと思うんですが・・・。
■【広告です】唐突な猪木のモノマネが笑える:gooホームPROJECT
動画広告なので、載せようかどうしようかと思ったのですが、ちょっと面白かったのでリンクしておきます。 gooのSNS、gooホームのPROJECTの広告。 途中で唐突に出てくるアントニオ猪木さんのモノマネが笑えた。(画像のリンク先で動画が見られます)
■第178話・得体の知れない「特別会計」??
1、埋蔵金 最近、「埋蔵金」という言葉を耳にするようになりました。テレビの娯楽番組ではありません。政府、国会関係のニュースに出てきます。/事かと思って聞いていると、どうも「何とか言う特別会計の隠し財産があって、そこからいくらいくらを引き出すようにしたい」との話しで、あたかも手柄話のように聞こえました。 半端な数字ではなく、「兆」単位のことです。(前から特別会計の不明朗さは折々に言われてきましたが、何れも一過性の発言に終わっています。 与党も野党も報道機関も、評論家、学識経験者と言われる人も腰を据えて取り組む人を見ないのは「何故だろう」とも思い、また一方「世の中、こんなものだろう」と思ったりもしていました。 利害関係、しがらみの根が深く、お互いの牽制が働いての結果が現状をもたらせているのだろうと何となく、漠然と察します。 表向きは財源の一部を「環境対策に活用する」「一般会計に組み入れる」「高速道路料金の低減」などと言われているけれど、話の先を聞くと、その額はごく僅かであったり、特定事業に使った余剰金を当てると言ったもののようです。 表面的な「まやかし」とすら受け取られ、納得にはほど遠いことのように思われます。2、特別会計とは 元々、単一予算主義の原則では一般会計が本体であって、例外として特別会計が位置づけられると単純に考えるのが普通の感覚と思います。 ところが平成18年で見ると一般会計80兆円に対して特別会計が220兆円で、例外が本体の2、8倍であると知らされて唖然とします。′般にはこんな実態は目隠しされて知らされていませんね。聞いたことはあるにしても、話しの片隅でぽろっと聞く程度で、頭には残っていないのが実態ではないでしょうか。 国会で予算審議として国民に知らされるのは一般会計であって、全体の4分の1。 4分の3は国民の目に見えないところで使われていると言うことになります。 無駄遣いや、利権、既得権が横行すると言われても仕方がない状況にあると言えましょう。 流石に世間の批判が気になってか、特別会計の見直しの論議や法整備の動きがあるようですね。 論議の対象となるテーマ毎に賛否両論のメンバー構成と責任者を決め、何時までに、いかにして進めるか、議論の経過をオープンにするなどと、責任と権限を明確にして進めることが必須ではないでしょうか。 だだ「やる」と言うだけでは今まで同様、看板の掛け替えがせいぜいに終わってしまうのが落ちだと思います。3、特別会計の一般会計化は不可能でしょうか 冒頭の「埋蔵金」などという話しが出てくるのは一般会計の約3倍のお金が国民の目が届かないように扱われるシステムが問題なのでしょうから、ほぼ全てを国民監視の下に一般会計化することが本来でありましょう。 これを否とする理由があるならば納得がいくような説明責任があるのではないでしょうか。′体化した予算の中で、例えば道路なら道路の予算を審議することが決定的に不都合なことは何なのでしょうか。 野党は小さな声でなく、「一般会計化」の大合唱をし、国民に訴えないのは何故なのでしょうか。 自民党の中にも一体化を唱える良識の声があるようですが多勢に無勢のようです。 ゲスの勘ぐりかも知れませんが、この動きすら「世間を欺くダミー」かも知れぬ・・と思うほど本件については政府与党は信頼されていないようです。 広範囲にわたって利権が蔓延っているのだろうと一般の人は体で感じているのではないでしょうか。 私は大体自民党に投票していましたが、最近は批判票として民主党に入れたりしています。 野党が、自民党の一部にある「一般会計化」の動きを支持して、力を合わせて巨額な財源の目隠しを取り除き、国民の目が届くところで予算審議されるようになることを願うのは所詮無理な話なのでしょうか。 戯言なのでしょうか。このところ何となくこんなことを考えています。4、政治・行政に求めることと、自らがなすべきこと 自分の心身の健康は自らが求めることで、その基盤を確保するのが政治であり、行政であると頭では分かっていても、ついつい政府・行政におんぶにだっこを求める気運が強いように思います。 「自分のことは自分で」。この自覚を持つことが大切ではないでしょうか。 私は糖尿病と向き合って過ごしてきたセカンドライフの体験談を拙文で綴って自著といたしました。ご笑覧下さい。 (1) 書 名;「あなたのセカンドライフを右肩上がりにしませんか」 http://www.k5.dion.ne.jp/~tnkwynk/(2)書 名;「ハッピーセカンドライフ」著 者;渡邉浩二発行所;新風舎お近くの書店にお問い合わせ下さい ネット書店では書名「ハッピーセカンドライフ」で検索出来ます。
■初!
1ststepさんに初めてお会いしました!先日、会社の研修で『彩林堂』さんの近くまで行ったので、寄らせて頂きました!ドキドキしながら、店内奥をのぞきこむと、PCと向き合う1ststepさんの姿が!第一印象は…「若っ!」御本人は「いやいや。」なんて否定されていましたけど、20代前半?!って感じでした♪奥様ともお会いしました!こちらもお若い!とても綺麗な方でした♪お幸せそうなお二人のお邪魔をしてはいけないと思い(?)早々に退店致しました。<(゜∀゜)いやぁ~、『彩林堂』さんは想像以上に居心地がよくて困っちゃいました。(´~`;)みなさんも是非一度足をお運びください♪私信。1ststepさん、この間は突然の訪問失礼致しました。『岳』は大切に読ませて頂きました!サラリーマンを辞める事になったら相談しに行きます。(笑
■ジェイン・アン・クレンツ「緑の瞳のアマリリス」
様々な出版社から出ていますジェイン・アン・クレンツの作品が、今度はなんとハヤカワSF文庫から出版されました。原書はジェイン・キャッスル名義で書かれているもので、ハヤカワSF文庫というところからお解りのようにSF作品となります。この作品の舞台となる惑星セント・ヘレンズは、250年に太陽系に出現した『カーテン』よばれるワープ空間により発見された惑星で、200年前には多くの人々が地球から入植して行きました。しかし、人々が入植し始めて5年後に突如『カーテン』は消滅しセント・ヘレンズは孤立することとなり、地球から持ち込んだ工業製品も次々と朽ちていったのです。そして、それに伴い生き残ろうと努力する人々の中から、超能力を持つ者と、その能力をサポートするための能力を持つプリズムとよばれる者達が生まれました。ジェイン・アン・クレンツHP : http://www.krentz-quick.com/ハヤカワ文庫「緑の瞳のアマリリス」ジェイン・アン・クレンツ
■【一日一言】2007.12.7
皆さん、メートルがあれば、そのメートルが一メートル、百メートル・・・・・・。いくら大きくても、それが問題ではありません。そのメートルの基本単位とは何でしょうか。一ミリメートルです。一ミリメートルはあまりにも小さいので、大概一センチメートルで言います。
■BLEACH 31
ああ!/か今回はスッキリする場面が無いなぁ。鬱屈、鬱屈。早くバ~ン!とカタルシスを得られる展開に行って欲しい。 それよりも・・・、本音を言うと・・・そろそろ結末を目指し始めて欲しい。ジャンプに言ってもムダだと思うけど、きちんと完結するマンガをもっと読ませて欲しい。 グリムジョーの行動も何だか妙だ。わざわざ織姫助けたり、一護の怪我治させたり。無傷の一護とケリつけたいって・・・一連の行動の理由として、それだけじゃ納得できない、っていうか、それで納得できるほどグリムジョーのキャラクターを把握できてない私。 それに恋次! たまにはスマートに勝つとこ見せてくれ!人気blogランキングへ
■ハイタウン115
街のニューイヤーフェスで演奏した時に、というと立派に聞こえてしまうけど、ようはアマチュアバンド大会だ。その会場の露天で気に入って買ったピアスだった。いいライブが出来たその記念にと言ったら、「じゃ、アタシも。」とヨーコも一緒に同じのを買ったのだ。ヨーコにしたら仲間意識からそうしただけで他意はないんだろうけど、キウイにとってはヨーコと同じというのが嬉しかった。「例えば‥」
■レシピ・カード5
賂クリスマス商戦まっただ中、賑わうショッピングセンターのおなじみ「レシピ・カード」コーナー。今週のテーマは「鍋・パーティーメニュー♪」。いいですね、鍋の恋しい季節です。さて、そのラインナップとは・・・ 「チキン・バー」! 「ラ・フランスのサラダ。」! 「ハムのパーティーサラダ」! 「トマトのガーリックライス。」! 「ホットプレートでできるパエリア」!・・・・・・聾?・・・あれ? ・・・鍋は?あ、パエリアがそうなのか・・・。
■私の好きな詩/新川和江「ふゆのさくら」
冬桜と言えば、この詩も。 ふゆのさくら 新川和江おとことおんながわれなべとじぶたしきにむすばれてつぎのひからはやぬかみそくさくなっていくのはいやなのですあなたがしゅろうのかねであるならわたくしはそのひびきでありたいあなたがうたのひとふしであるならわたくしはそのついくでありたいあなたがいっこのれもんであるならわたくしはかがみのなかのれもんそのようにあなたとしずかにむかいあいたいたましいのせかいではわたくしもあなたもえいえんのわらべでそうしたおままごともゆるされてあるでしょうしめったふとんのにおいのするまぶたのようにおもたくひさしのたれさがるひとつやねのしたにすめないからといってなにをかなしむひつようがありましょうごらんなさいだいりびなのようにわたしたちがならんですわったござのうえそこだけあかるくくれなずんでたえまなくさくらのはなびらがちりかかる
■問題解決!
結局原因はわかりませんが、とりあえず格闘終了。なんか不具合が起こったとき、その直前に投稿した記事を調べるのがいいのかもしれない。これまでにレイアウトがぐずぐずに崩れたことが何回かあったけど、投稿記事内の手書きタグが失敗してたり、記事内にわざわざcssを書き込んだのが原因だったりしたので。htmlやcssファイルをいじりすぎておかしくなってる場合は原因を突き止めるのはなかなか大変。せっかく簡単に使えるよう作ってくれてるんだから、あんまりさわらないほうがいいんだろうか。
■ゴッドスター 古川日出男 新潮社
GOD★STAR / ゴッドスター古川日出男新潮社海に面してる。湾岸のこと。あたしたちの街。ゼロから生まれる前。大きな喪失の只中の「あたし」が見つけた男の子。男の子は車道のこちら側の信号機のそばにいる。歩行者用信号機の押しボタンを、とても真剣に押し続ける男の子。3回のストップで作った名前。ね?あたしがママで。順番は大事だ。スピードはあたしの内側にあるの。スピードはあたしの外側にもあるの。みたよ。あたし。光速で。この作品には読点はない。この作品には読解はいらない。身をゆだねてほしいと思う。ことばに。起きていることに。(著者:古川日出男より)「高速の語り」突き刺して、切り刻んで・・・粉々になった言葉で綴られた物語。現実感(リアル)なんだと思う。欲を言えば、まだ言葉が多すぎます。当たり前の日常をとても当たり前に過ごしていたはずなのに一瞬で簡単にネジレは起こる。不可抗力だった?彼(古川日出男)の世界に漂うことを心地よいと感じる。同調(シンクロ)の理由。I found it!この作品のスターティング・ポイントにはレイモンド・カーヴァーとキム・ゴードンがいる。古川日出男リストミユウ
■格闘中
そういえばメール投稿してからおかしくなった。試しにパソコンで編集したら直った。確認のため再度投稿。こんどはどうでしょう。--------------------------------------あら、ちゃんと表示される。なんだったんだろう。
■こがしゅうと、人違いをした?。
本日、支払いの為、金融機関に向かう途中で信号待ちをしていた。そこに自転車に乗った4人組が同じ信号を待っていた。その中の一人が私のことをずっと見ていた。訝しくおもってそいつのツラを見たらなんと知人の、私の中では(いや周囲でもか)ハイソ人間筆頭の「Kさん」だった。こんなことってあるんだと思って『やあ、Kさん」!』と大声で呼びかけたら先方は明らかに嫌悪感を示す顔をしていた。『オレだよ、こがしゅうと!』と言ったら周囲の方が『おい、ヤバイぜ』と小声。その間に信号が青になり彼等は逃げるように全力で走り去った…ということ。考えられるのは2つ。ア)他人の空似だった。イ)私のことが嫌いで他人のフリをした。…どれなのだろう。ココロに寒い風は吹き抜ける。
■捩れた塔の冒険
捩れた塔の冒険(建築探偵桜井京介の事件簿3) (篠田真由美・秋月杏子・角川書店・コミックス) 大人気! 幻惑の建築ミステリ第3弾!京介のもとに届く謎の花束。それは死者からの贈り物だった!?会津を舞台に、幼き少女たちが描いた愛憎劇が、いま京介たちにふりかかる!!(あすかコミックスDX)(収録作品)捻れた塔の冒険/ブルーハート、ブルースカイ★ 関連:原作1 原作2
■写真/冬桜
痛さうに空晴れてをり冬ざくら 黛 執 ひとゆれに消ゆる色とも冬ざくら 平子公一
■寿司
久しぶりに寿司。このところ寿司といえば回転寿司ばかり。石狩市でお昼を食べたこの店は回らない寿司。美味しかった。頑固そうな親父さんが握ってくれた。本物は違う。鮓長 石狩市花川南6条3丁目71
■鋼鉄の天使
鋼鉄の天使(よろず電脳調査局ページ11) (東野司・徳間書店・文庫)『鳥のように自由に飛ぶんだあ』ドラッグデータで酔っぱらったオートパイロットによって、空の放浪者となった旅客機。そのなかには、ページ11のメンバー小桜姫子もいた。緊急事態に集合した、仁美所長をはじめ藤丸、垣花といった調査局の面々。そこには、デジタル情報とシンクロできる特殊能力をもった少女・浦島かえでの姿もあった。いま、わたしにできることって何だろう…そう考えるかえでの耳に、かすかに女の子の声が聞こえてきた。彼女はいったい何者なのか!?電脳調査局ページ11・シリーズ第2弾。13308 posted by (C)kentuku
■しょうりゅう~撚
寒~いプールが終わった後、サティが『イオンフェスティバル』なのでちょっとその辺を回ってみる。すると・・・何処からともなく『しょうりゅう~撚 しょうりゅう~漣』と言う声が。あれ?しょうりゅうって何だっけか?周りを見渡すとテレビ画面がなんと十二国記。久しぶりじゃないヾ(´∀`*)ノって思っているとNHKの「スタジオパークからこんにちは」でした。今日のゲストの高木美保さんが十二国記好きらしく「尚隆撚、尚隆漣」(風漢)と叫んでいたのだ。こんな所に十二国記のアニメファンがいたとは驚き囹でも、私は同じ風来坊なら尚隆(風漢)よりも利広(卓郎君)の方が好きです璉それにしても十二国記、いつ次の作品が出るのでしょう。小野不由美主上、早く出してくだされO(≧▽≦)O人気blogランキングへ漣何故か、祥瓊・珠晶好きです劣
■感染性胃腸炎
病気情報です。終に、家族全員同じ症状になりました。今日は、父がダウンしています。症状は激しい嘔吐・激しい下痢・発熱(平熱より1度くらい高い程度)です。どうやら、今こちらでは嘔吐下痢ウイルス(感染性胃腸炎)が猛威をふるっているらしいです。俗に言う、ロタウイルス感染症らしい。確かに米のとぎ汁のような白色の下痢便だった。皆様もお気をつけ下さいませ(T∀T)感染性胃腸炎が大流行ノロウイルスなどによる感染性胃腸炎が流行している。約110人の集団感染が判明した6日、県は緊急会議で予防策の周知徹底を確認。北海道などで例年より早く流行しているインフルエンザへの警戒も強め、高齢者施設などに注意を呼び掛ける方針だ。こんなニュースも本日発表されました。 よーしさんからの情報嶺しかし、こうなったのも土曜日のプールがあまりに寒かったからだわ。本当に激寒だったんだから怜あれで抵抗力が失せたんだろうな。その前の水曜日のプールも酷く寒かったから・・・身体が温まるように泳がせて欲しいもんです。人気blogランキングへ漣運動に来て寒くて病気になってどうする廉
■ホルモー六景(万城目学)
僕は歴史というものが苦手である。苦手という消極的な感情ではないかもしれない。はっきりと嫌いと言ってしまってもいいと思う。僕の指す歴史というのは、過去起こったとされるありとあらゆる出来事のことである。つまり、人間の歴史まで否定するつもりは特にないということだ。僕の中では、ある人物がどのように生きたのかという歴史は、まあその真偽についてはまた問わなくてはいけないにしろ、まだ許容できる。実際、アインシュタインや著名な数学者なんかの話を読むのは好きである。織田信長や坂本竜馬といったような人達にはあんまり興味は持てないのだけど、それでも、彼らがどのように生きたのかという形で語られる歴史ならまあいいかな、とは思える。しかし、学校の授業でやるような、起こった出来事の羅列としての歴史、あるいは歴史を学ぶことは大事だと言われる時の歴史、そうしたものにはどうしても興味が持てない。しかし、伝統であればまた別である。歴史と伝統というのは、パッとした印象としては近いものがあるかもしれない。しかしそれはまるで違うものであると言えるだろう。歴史は消化されるだけだが、伝統は守られるものである。歴史は過去だが、伝統は現在進行形である。歴史は繰り返さないが、伝統は繰り返すことこそが本質である。歴史と伝統はまるで違うものである。伝統というのは僕は結構好きだ。伝統と言ってパッと思い浮かぶのは京都であるが、昔からある建物や祭りが今も残っているというのは素敵だと思う。また、その伝統の周りに人が集い、その伝統を守ろうと一致団結している様もいいではないか。それに、伝統というのは何も古ければありがたいというものでもないだろう。いろんな地域に、いろんな祭りや行事やなんかが残っていると思うのだけど、それらはどれくらい前から続いているのかということに関係なく、毎年違和感なく続いていけばもはや伝統なのである。さてそう考えると、いつから伝統は伝統になるのだろうか、と思ったりするのだ。例えば、初めは習慣だったり日常だったりするのだろうと思うのだ。初めから、これを伝統にしよう!なんて考えて物事が始まることはない。一番初めは何でもない風に始まって、特にどうということもない何でもないものだったに違いない。ある一定の期間で繰り返すのだけど、それは初めの内は習慣だったり日常だったりと言ったようなものだったに違いない。しかし、ならばそれがいつ伝統に変わるのか。僕の仮説では、それが起こったそもそもの始まりを実際に見て知っている人がすべて絶えた瞬間から、伝統は伝統になるのではないか、と思うのだ。例えばあるお祭、なんでもいいのだけど名前だけ知ってる祇園祭りにしてみよう。この祗園祭りにしたって、遡っていけば一番初めというのがあるわけで、それからまあとりあえず続けていこうじゃないか、という形でずっと続いていくわけである。その初期のうちの原動力というのは結局のところ何かと言えば、それを一番初めにやった人間の思い入れだと僕は思うのだ。祗園祭りを一番初めに計画し実行に移した人々というのは、生きている間ずっと、それがちゃんと行われるか気になるだろう。自分で計画に参加するかもしれないし、そういう役から降りたとしても、外からいろいろと口を出したりするに違いない。だから、初期の頃というのは、そういう発破を掛ける人間がいるからこそ物事というのは続いていくという側面がある。しかし、その一番初めの祗園祭りを実行に移した人々がすべていなくなってしまったら(死ぬとかだけでなく、その地域からいなくなるとか、何らかの事情で関われなくなるとかなんでもいいのだけど)、さてどうなるだろうか。その時点で、それを続けるかどうかというすべての判断は、一番初めにそれを始めた人ではない人によって決断されることになる。この時初めて、伝統というのは伝統になるのではないかと僕は思うわけです。つまり、これを始めた人の意思を継続させたい、という思いこそが伝統が伝統であることの本質ではないか、と思うわけです。祗園祭りを始めた人はもういないけど、でもそこに込めた思い、そこに費やした時間を想い、よしそれを受け継いでいこうではないか、となった段階で、ようやく伝統というのは伝統の片鱗を見せ始めるのだろう。何も伝統というのは、格式の高いところにだけ存在するわけではない。以前「鴨川ホルモー」の感想の中で、僕は大学時代とんでもなく奇妙なサークルにいたのだ、という話をたぶん書いたと想う。そのサークルだって、立派に伝統を受け継いでいたのである。僕がいたサークルは、出来てから確か50年以上の歴史のあるサークルだったと思う(正確には覚えていないけど)。とにかくそのサークルで形作られていたありとあらゆることはとにかく奇妙で、いっそ理不尽と言ってしまってもいいぐらいのものが山積みだったのだけど、しかし結局僕らはその伝統を受け継いでいくことになった。僕はそれにそこまで貢献したわけではないけど、しかし伝統を後世に伝える要素の一つではあったと思う。そのサークルにいて僕が実感したのは、伝統というのは始まってしまったら止めることが出来ないのだな、ということである。先ほども書いた通り、伝統というのはそれを始めた人間がいなくなって初めて伝統になりえる。それを始めた人がいる間であれば、その人の一声でその行事はなくなってもおかしくないかもしれない。しかし、その人がいなくなり、その人の意思を継いでいこうとなり、伝統が伝統として形になってしまうと、もはやそれを停止する装置というのはどこにも存在しない。何かを始めるのは簡単だけど、何かを終わらせるのは酷く難しいというのはまさにその通りで、それがどんなに奇妙でへんてこでおかしくて不気味で醜悪でとんでもないものであっても、一旦伝統になってしまうと、人間の意志でそれを止めることは本当に難しい。続いてきた時間の長さ、そしてその間に関わっただろう多くの人々のことを思い浮かべ、やっぱり自分の代でこれを終わらせることは出来ない、という風に考えてしまうことだろう。みうらじゅんの著書に「とんまつりJAPAN」というものがある。僕は未読だが、要するに日本中の奇妙な祭りを紹介する本である。奇妙な踊りを踊ったり、奇妙な格好をしたり、中には男性器を模したオブジェがメインとなるような祭りもあるらしい。恐らくやっている人も、どうしてこんなことを続けているのかというその本質の部分を完全に失っていることだろう。しかしそれでも伝統というのは止まらないのだ。だからいいとも、だから悪いとも言えるが、とにかく僕は、伝統というのはあり続けるだけで価値があるはずだ、と信じている。もちろん、その伝統を維持していくのには莫大な労力が必要なのだけど。本作は「鴨川ホルモー」の続編であるが、要するに伝統に取り込まれ、そこから抜け出せなくなった人々の話である。しかもその伝統は500年も続いているというのである。そりゃあ止められないわ。ご愁傷様、というしかない。アーメン。そろそろ内容に入ろうと思います。本作は「鴨川ホルモー」の続編で、「ホルモー」に関わる人々の恋愛模様を描いた短編集になります。というわけでまずは、「鴨川ホルモー」の大雑把な設定だけ書きましょう。京都にある四つの大学で代々受け継がれてきたある競技がある。それが「ホルモー」である。ホルモーとはなんなのか語るのは難しいが、あっさりと言ってしまえば、普通の人間には見えない「オニ」を使役して戦うスポーツである。500年も前から代々京都の四つの大学に伝わってきたというこのホルモー。京都の街を跳梁跋扈し、オッサンのえずくような「オニ語」を発しながら、自らの安泰を掛けて必死で戦い抜くのである。まあそんなホルモーにどっぷりと関わっていた人々がそれぞれ出てくる短編集になります。「鴨川(小)ホルモー」ホルモーに参加する大学の一つ、京都産業大学の玄武組。そこに<二人静>と異名を取る、定子と彰子という二人の女性がいた。「黒い嵐」とも称され、しばしば「王者」とも号される京都産業大学の強さの源と言われる二人である。この二人、共通項がそこまであるわけでもないのだが、妙に気があった。世の男どもを排除し、常に二人の世界を築き上げ、もちろん彼氏など出来るわけもなかった。二人の結束は強く、その結束がそのまま京都産業大学の強さに直結するのである。しかし、ある日突然二人の結束が崩れた。彼女達に何かあったことは間違いないが、周囲の人間には何がどうなったのかさっぱりである。しかし二人はある事情を前に、もはやホルモーを以って戦わないわけにはいられない状況になってしまったのである…。「ローマ風の休日」僕が働いているイタリア料理店に、楠木ふみという、大木凡人に似た女性がアルバイトとして入った。とにかく不思議な人で、とにかく喋らないし仕事がない時でも黙って立っている。しかし仕事を覚えるのは驚異的に早かった。ある時大変な事態がやってきた。店長がとある個人的な理由から早々と早退してしまったのだ。店長や古参クラスのスタッフにしか出来ない「仕分け」という仕事があるのだが、その日誰もその仕分け作業の出来る人間がいなかった。しかしそれなのに団体客の予約が入っている。どうしたらいいんだ!そんな時、楠木ふみが僕らに指示を出し始めた。なんだなんだ、まさか楠さんが仕分けをやるっていうのか…。「もっちゃん」僕はもっちゃんと鴨川のほとりでボーっとしている。僕は、何故人間は光合成が出来ないのだろうか、などとくだらないことを考えていたのだが、もっちゃんの方はそうでもないようだ。なにしろ、食欲の塊りみたいなもっちゃんが、自分の持っているパンを僕にくれたのだ。これは何かある。恋でもしたのだろうか。いやいや、もっちゃんに限ってそれはなかろう。「ラヴだ」もっちゃんはそう呟いた。話を聞くに、どうやら電車の中で一目惚れをしたのだそうだ。よく分からない理屈により振られたと勝手に判断しているので、いやいやラブレターでも書こうぞよと提案してみるのだけど…。「同志社大学黄竜陣」どうしても桂先生の講義を受けたくて、浪人してまで同志社大学に入学した私。しかしそんな矢先驚くべき話を耳にする。なんと桂先生は今年限りで退官するのだとか。そりゃないよ~。というわけで、上級生の教室に潜りこんででも桂先生の講義を受けてやろうと決意してキャンパスに乗り込むも、よくわからない展開からその桂先生から頼まれ事をされてしまう。そしてその途中で、なんだか奇妙なものを見つけた。手紙である。1枚目には「horumo」と聞きなれない単語。そして2枚目からは流暢な筆致の英文が書かれている。「Dear Joe」から始まる、「W・S・Clark」なる人物から送られた手紙と、そしてそれと一緒に入っていた浴衣。何なんだろうか、これは…。「丸の内サミット」榊原康と井伊直子は、ともに職場の同僚から合コンに誘われ、まあたまにはいいかという感じで出てみることにした。場所は東京丸の内。丸の内である。さて合コンの場で顔を合わせた二人はビックリ仰天。なんとお互いに知り合いだったのだ。どんな知り合いなのかとそれぞれ聞かれて、二人は何て答えたらいいのか分からない。京都でホルモーっていう競技をやってた仲です…なんて言えるかぁ!「長持ちの恋」珠美はとんでもなく貧乏だった。その日の食事代にも事欠くような、それほどの貧乏だった。とにかく働かねば。そう思い立ち、「狐のは」という名の料亭でアルバイトをすることにした。いろんなものをただ持っては運ぶという仕事である。賄い付きというのもよかった。賄いの料理を初めて食べた時は、あまりの美味しさに涙してしまったくらいである。ある日、蔵まで行って取ってきて欲しいものがあると仕事を仰せつかった。ひょこひょこ向かうと、蔵の中にはなんとも古い長持ちが置いてある。蓋の部分には「なべ丸」と書かれている。その時珠美は何を思ったか、その蓋にマジックで「珠美」と書いてしまっていた。えっ、何で。どうしよう!しかしその後、珠美は蔵に行く度に奇妙な文通をやり取りする羽目になるのである…。というような話です。いやぁ、最高に面白い話でした!これは無茶苦茶面白いです。最高です。もちろん「鴨川ホルモー」あっての本作ですけど、でもこっちもかなり面白いなぁ。まず何よりも僕は、「もっちゃん」にやられました。これはホントいいなぁと思いました。「ホルモー」とは正直あんまり関係ないんですけど、なるほどそういう展開ですか!という驚きがあります。詳しくは書けないですけど、この「もっちゃん」を読んで、僕はある本を買ってしまいました。こういう、他の本に興味を向けさせるという意味でもすごくいいですね。また「長持ちの恋」もよかったです。これなんかはまさに「ホルモー」の設定の幅広さをうまく利用していて、こういう感じでストーリーを書いていけば、このホルモー関係の話なんかいくらでも書けるんじゃないかな、と思ったりしました。長持ちを通じて文通をするという設定も斬新だし、しかも物語の終わらせ方がすごくよかったですね。なるほどなぁ。チョンマゲがまさかあんな風に関わってくるとは…。「同志社大学黄竜陣」なんかも、パターンとしては「もっちゃん」に近いですけど、なんか馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいます。これなんか、中身のなさで言えば本作中トップではないかと思うのですが、その中身がなくて馬鹿馬鹿しいというところが読んでて面白いわけで、やるなぁ、と思いました。女同士の友情だったり、凡ちゃんの凄さだったり、あるいは舞台を東京に移したりと、とにかくいろんな話が詰まっていて楽しいです。いやホント、この作家はまだまだやりますね。底の見えない作家です。これからもまだまだ期待できることでしょう。ホルモーの続編でもいいし、新作でもなんでもいいので、早く書いてください!ちょっと万城目学からは目が離せないですよ!是非是非読んでみてください。万城目学「ホルモー六景」ホルモー六景ハード
■紅葉山庭園
いつもは通りすぎるのだが、紅葉があまりにきれいなので立ち寄ってみた。静岡市駿府公園内、H13年にできた、3000坪の日本庭園内は富士山を表した築山、伊豆の海岸、三保の松原や蔦の細道など、静岡の名所に擬して造られている。茶室雲海は家康の本丸跡にふさわしい格式の高さ。立礼席では静岡産のお茶が各種いただける。朝比奈玉露、丸子紅茶、清沢煎茶、私がいただいたのは、今川、徳川時代から作られている、本山抹茶。名は安倍の花、お菓子付き(浮島、根曳きの松とか言ってたな)。光天井といって、上から自然光が和紙越しに入ってき、気持ち良く休める。椅子に座る形式なので目線に合わせて床の間が高い位置に在る。その床板は真ん中に正目のでるこえ松(?)の一枚板という貴重な物だそうで、柱も天然の絞りの入った北山杉の面かわ丸太やら、宮崎日向産の杉やら、良く分からないけど、大変凝った物だらけだそうです。
■刀語第十二話 炎刀・銃(西尾維新)
作中、奇策士とがめはこう述懐する。『わたしにとっては―わたしの心でさえ、ただの駒にすぎぬのだ』これに共感できる人はあまり多くはないかもしれない。僕も、共感というところには程遠いような気もする。しかし、少なくともこれだけは言えるが、世の中の人間を二種類に分けた時、僕は確実にとがめと同じグループになるだろう、ということである。どうも、いろんなものと距離を取ってしまう。もちろん、僕が臆病であるということもある。無関心であるということでもある。また、ただ単にめんどくさいだけだということでもある。しかし、たぶんそれだけじゃない。どうも僕には、自分を含めた僕の世界のすべての要素が、膜一枚隔てたその向こう側にあるような、そんな感覚があるのである。どうも、それらに踏み込めないというか。どうも、それらに近づけないというか。どうも、それらに意味を感じられないというか。だから僕は、いろんなものを蔑ろにできる。いろんなものを壊すことが出来る。いろんなものを捨てることが出来る。いろんなものをなかったことに出来る。もちろん、表面上はなるべく普通の人間として許容される範囲で行動しようと思っているので、蔑ろにしたり壊したり捨てたりなかったことにしたりするというようなことはほとんどない。ないのだけど、でも実際やろうと思えば恐らくいくらでも出来る。だから僕は、自分自身を冷たい冷酷な人間であると自覚しているし、恐らく周囲の人間にもそれを感じ取っている人はたくさんいるだろうと思う。それはさながら将棋のようなものなのだろうな、と思う。もちろん、駒からの連想である。将棋というのは、手持ちの駒をいかに使って相手に攻め入るか、というものである。その過程で当然、自分の駒がたくさん犠牲になる。しかし、犠牲になった駒の数は問題ではない。どれだけ駒が犠牲になろうとも、最後に王将を取れば勝ちである。僕は周囲のありとあらゆるものを将棋の駒のように思っていて、いつそれを犠牲にしてもいいのではないか、と考えているような気がする。特に仕事の時なんかはそうである。とにかく、いかにして人を動かし、いかにして人を配置して仕事を進めるか。仕事の場で誰かを犠牲にするなんてことはあんまりないけど、しかしとにかく配置だけはよく考える。どうしたら効率よく仕事が進むだろうか、どうしたら手が空いてしまうスタッフが出ないで済むか。そういうことを考える。管理者としては当然の発想だけど(まあウチの場合その当然は全然当然ではないのだけど)、しかし僕は別に管理者でもなんでもないのである。将棋の場合、王将を取るというのが唯一にして最大の目標である。すべての行動はその一点に向けて決定されていく。しかし僕の場合どうだろう。僕は、何を目標に据えて周りの駒を動かしているのだろうか。たぶんそれは、僕自身の平穏なのだろうな、と思う。自分自身が安定するように、盤石であるように、周りの駒を、そして時には自分自身という駒さえも操ってそれを実現する。操れない場合は切り取る。ずっとそうやって生きてきた気がする。僕は酷い人間である。僕は、自分でそれを自覚しているだけでまだましだと思っているのだけど、しかし周囲の人間にはなかなか理解されないような気がする。表面上はそれなりに取り繕っているから仕方ないのかもしれないのだけど、酷い人間だといくら言ってもあんまり聞いてはもらえない。どちらかと言えば、酷い人間であると認識される方が多少は楽かな、と思っているんですけどね。優しい人間だなんて思われると、身動きが取れなくなる。酷い人間だと思われれば、動ける幅が広くなる。だったらそっちの方がいい。まあなんというか、いつも通りの結論を言えば、生きてるってやっぱめんどくせぇな、ということである。そろそろ内容に入ろうと思います。本作は、12ヶ月連続で出版されてきた刀語シリーズの最終話です。奇策士とがめと虚刀流の七花が、毎月一本の刀を蒐集するという形で進行していくこのシリーズ。さてさて、最後どんな結末を迎えたのか。冒頭は前の巻の続きから。絶体絶命の窮地に立たされたとがめと七花。そこで彼らは一体何をどう決断したか…。どうしても前の巻の終わりの内容をここでは書けないので、内容紹介のしようがありません。ちょっとこれぐらいでなんとか留めておきましょうか。さてようやく完結です。最終巻としては、まあ妥当だったのではないかな、と思います。これまでのシリーズの流からすると順当で、まあそんな感じだろうなと思わせるようなところに落ち着いたかな、という感じです。まあしかし、ストーリーの最後の方は繰り返しの連続みたいな感じで、必要な手続きだったのかもしれないけど、まあどうかなという感じではありました。まあ、しかしこんなもんではないでしょうか。シリーズ全体としては、まあまあかなという感じです。西尾維新のシリーズとしては、やっぱり一番評価の低いシリーズになってしまうかもしれません。まあ、リアルタイムだからここかで読みきったというのはあるかもしれません。普段こういうのは一気にまとめて買って読むんですけど、今回は毎月読んでいてよかったかなと思います。やっぱり後半がちょっと失速したかなぁ、という感じですね。5巻くらいまではかなり面白い感じだったのだけど、それからちょっと中だるみを経て、そこから復旧できなかったというような印象があります。まあそれでも与えられた条件の中で充分健闘しただろうと思います。それにしても西尾維新は、長いシリーズは似たような感じで締めくくるイメージがありますね。戯言の時も、このシリーズみたいに最後は煙に巻くような終わらせ方だった気がします。まあそんなわけで、シリーズ全体の総括としては、それなりには楽しめる作品です、という感じですね。まあ西尾維新の作品を読もうと思っている人には戯言とか化け物シリーズなんかをオススメしますけどね。とにかく12ヶ月お疲れ様でした!西尾維新「刀語第十二話 炎刀・銃」刀語第十二話 炎刀・銃ハード
■観劇しました
友人が脚本を書いた「HOTROAD第15回本公演 「さよならの終わりに、あの風を灼こう」を見てきた。
■「まんまこと」・・畠中恵
うちの図書館は、予約した本が来たという連絡が来て一週間そのままだと、次の人のところに貸し出してしまうという仕組みです。至極真っ当なやり方。で、この「まんまこと」ですが、最初に連絡が来たのが夏だったかな・・・で、今年の夏のあまりの忙しさのせいで気付いたら二週間以上経ってて・・で、「再度予約入れますか?」の図書館のオネエサンのお言葉に「お願いします」と言いまた秋ごろ連絡が来たのに、また流してしまい、・・・ほんと1週間ってあっという間なんだもの。やっとこのたび、三度目の予約がまわってきてめでたく読了となりました(*^^*ゞ畠中さんのは、「しゃばけ」一太郎シリーズ以外のものはあんまり好きじゃないんだけれど、その「しゃばけ」がすっかり精彩を欠くこの頃、これは非常に面白かった。やっぱり畠中さんは、江戸モノの、ちょっと育ちのいいボンボンを書くのがいい。一太郎に代わる新しい主役キャラ登場で、先が楽しみになってきた。お江戸神田の古名主、高橋宗衛門の息子、麻之介は、もともと評判の良い若者だった。しかし16になった時に突然変わってしまった。大層お気楽な若者に化けてしまったのだ。(その理由ものちのち明らかになりますが)その麻之介と幼馴染で同じ町名主の八木源兵衛の息子清十郎。そして、剣術の稽古で同じ道場に通っていたお武家の堅物、相馬吉五郎。江戸の町人の揉め事のなかで、事件に関わる事ではないようなものは、名主さんたちが自分の家の玄関先で裁いていたのだという。きちんとしたお白州を裁判所とすると、こっちはさし詰め今の「家庭裁判所」の調停みたいなものかな。その事件をからめて個性豊かな彼らの織り成す、青春時代モノ、とも言う。しかし、ちゃんとした一話完結捕物帖なので、話を考える方は結構大変だろうなあ・・・
■もの凄いページビュー
1 /crambom_・・・/pages/user/m/comments.. 23.5% 8 1,446 2 /crambom_・・・/pages/user/m/article 16.6% 15 1,019 3 /crambom_・・・/pages/user/m/comments.. 14.5% 6 894 4 /crambom_・・・/pages/user/m/tb/regis.. 14.5% 3 893 などにもの凄いページビューがきています。いつもながらなんだろうね。これでブログ自体が重くなっているのだろうか?
■喫茶店なんか一軒もないだろうが、土建会社は八社ある……
勒 岩手県七重村へ向かう車の中で、若月警部補(W)や岩手県警・鳥畑刑事(T)と話しながら宮之原警部(M)の言った言葉。M「若月君、日本に喫茶店が12万あるそうだ。コンビニが5万弱だったかな。で、土建会社は何社あると思う?」W「何社なんですか?」M「56万社だそうだ」W「そんな、まさか……」M「わたしも最初聞いたときはそう思った。56万社というのは大工まで入れての数字ではないかと考えた。だが、大工は別で、土木工事をする会社だけで56万社だそうだ。早い話が七重村には喫茶店なんか一軒もないだろうが、土建会社は8社ある……」T「警部の仰るとおりです。七重村には喫茶店がありません。コンビニは一軒だけあります。その七重村に土建会社が8社で、その会社が大型のショベルカーやクレーン車をもっています。年がら年中、工事を発注してやらないと倒産するのですから、客が来ないとわかっていても、美術館でも建てないといけないようでして……」牢 十数年前の数字なので、多少は変わっているかも知れませんが、「喫茶店12万、コンビニ5万、土建56万社」というのは、日本社会の土建依存を分かりやすく教えてくれる数字です。北海道夕張市の破産以来、次はどこかが問題になっていますが、今振り返ると、これらの地域の多くも土建業に、ということは公共事業に支えられていたに違いありません。それらは遅効性の麻薬のようなもので、破産の現実を覆い隠すか目を向けないようにしていた。「客が来ない美術館」でも、建築費用や道路建設などで潤えばいいという発想。しかし、客が来ない美術館の維持費用は村にのしかかり、財政を結局は圧迫していく。 そんな中でテレビ報道された、夕張市の医療再建に尽力するお医者さんの発想に、ささやかな希望を感じました。′方、本作では、招き猫の紀伊総理による地元振興策が幾つも出てきます。「ふるさと創生」1億円ばらまきの竹下元総理を髣髴とさせますね。 ちなみに、現実の日本社会では、岩手県は民主党代表・小沢一郎氏の地元。竹下登元総理の地元は島根県でした。島根県の現自民党衆院議員は、元総理の異母弟・竹下亘氏で、亘および小沢一郎の両氏の妻は共に実の姉妹だそうです。そして、竹下兄弟に対抗して島根県の議席を争った人に、錦織錦ならぬ錦織淳という弁護士(元衆院議員)がいらっしゃるようです。「にしこおり あつし」と読むそうです。 この言葉が出てくる作品──『謀殺列島 緑の殺人事件』 宮之原警部シリーズM048 木谷恭介著作リスト#073
■碧野圭「ブックストア・ウォーズ」
うおおおおお。おもしろーーーーーーい!ブックストア・ウォーズ碧野 圭 / 新潮社 (2007/10) 唸りをあげて読んじゃいました。前半は勝ち犬負け犬の女のバトル。「ぬけぬけと」生きている若い者が許せない理子の気持ち、よーくわかります。対して男たちにもてはやされながら、実は男が自分を尊重してはいないことを見抜ける若い女、亜紀。女同士の争いを書いているようでいて、書店員、作家、編集、(出版社の)営業の様子がザクザクと書き込まれています。これが後半に生きてきます。理子の店長昇格とともに、後足で砂をかけるように出て行く男性社員たち。女に使われたくないというプライドと保身の計算しかない男の卑劣なことったらありません。沈みかける船から逃げ出す、ネズミのような男正社員たち。閉店の危機に立ち上がるのは女と、契約社員にアルバイトたち。これでもかの逆境の中で理子を支えたのは、亜紀。亜紀の窮地を救うのは、理子。いがみ合った前半があるだけに、人って柔軟で強いものだなと、感動したりします。
■『コープス・ブライド』(2005・英)
◆ コープス・ブライド (2005年・イギリス) 監督:ティム・バートン/出演(声):ジョニー・デップ、エミリー・ワトソン 他 ちょっと気弱で冴えない青年ビクターは、許婚との結婚を間近に控え憂鬱な気持ちだった。成金である彼の両親が決めた許婚は没落貴族の娘で、お互いの環境は違い過ぎるし先方の両親は明らかにこちらの家を見下しているし、とても幸せになれるとは思えない。ところが、挙式の打ち合わせで訪れたその貴族の家で顔を合わせた許婚のビクトリアは意外にもとても好ましい女性だった。そして、彼女も彼にいい印象を持ってくれたようだ。しかし、その後の挙式の予行演習でビクターはヘマばかり。心が決まっていないせいか、どうしても誓いの言葉がうまく言えないのだ。このままでは明日の結婚式ができないと焦ったビクターは、夜の暗い森の中でひとり練習を始める。何度か繰り返し、やっとうまくできたと思った時、異変が起こる。彼が枯れ枝だと思っていたものは死せる花嫁の指で、彼はそれに向けて正式な誓いの言葉を言ってしまったのだ。つまり、彼は死者の花嫁と結婚してしまったことになる。問答無用で死者の世界に連れていかれたビクターは、必死で間違いだと訴えて何とか逃げ出そうとするが、死者の花嫁であるエミリーの悲しい過去の物語を聞き、彼女と過ごすうちに次第に彼女に惹かれ始める。一方、ビクトリアは彼を救い出そうと努力するが…。
■●「やまなしもぎ」平野直
<昔話の読み聞かせを堪能!>病気のお母さんに食べさせようと山梨もぎに出かける3人の兄弟。ところが上の2人は沼のぬしに呑まれ、とうとう三郎の番になります……。力強い傑作昔話絵本。-----------------------------------------------------------「おもしろかった!」ぴょんちゃんは目を輝かせて、すぐに気に入った様子。「いくなっちゃ がさがさ」「いくなっちゃ とんとん」「いくなっちゃ がらがら」などの言葉の言い回しも楽しいみたい。自分でも口ずさんで、次の日の夜も早速リクエストしていました。この「ぬまのぬし」の絵が不気味。一郎や次郎が「げろりっと のみこまれてしまいました」という表現もいいですねえ。鉄砲は「こわい~」と言っていましたが、目はお話に釘付けでした。声に出して面白いお話である上、昔話にぴったりの味わい深い絵がいいです。この秋、幼稚園で子どもの絵本についての講演会をききにいったとき、おすすめだった絵本のうちの一冊でした。その講演の中で、・「コワイ」ことから逃げず、ありのままを伝える。・読み手との信頼関係があれば、コワイ昔話もちっともコワくない。・昔話によくある、3回の繰り返し。1、2回目は失敗して3回目で成功。この3度目の成功で、子どもは勇気をもらう。などのお話がありました。むむ、なるほど。怖い昔話、不気味な話もオブラートに包んで話してはいけないのね。・・・ん?鉄砲がこわがってるのは、私との信頼関係がないのかなな?(:)「太郎と次郎は、おばあさんのお話をよくきかなかったんだよね、三郎よりお兄ちゃんなのにね」「ぴょんちゃんだったら、分かれ道とところで、竹の声をよーくきくな」「三郎はおばあさんにやさしくしたから、刀とおわんがもらえたんだね」ぴょんちゃんは自分なりに解釈し納得しているようで、いろいろコメントしていました。ちょっとぬまのぬしがこわいかもしれないけど、最後は幸せそうな親子4人の姿に、子どももきっとホッとするはず。子どもがつい主人公になって体験しに行った気になってしまう、いい絵本だなあと思いました。ぴょん:「一郎がなしの皮むいてるんだね」鉄砲:「お兄ちゃんだから?」実はこれ、私も自分が保育園時代お昼ね前に、先生に読んでもらったことのある昔話なんです。「こわい」という記憶は残ってないけど、3人の兄弟が次々となしをとりにいく話・・・というぼんやりとしたストーリーだけ覚えています。発行を見ると、もしかして「なしとりきょうだい」http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=1622の方だった??ちなみに私の園時代、先生に読んでもらった昔話でこわかった絵本といえば、「くわずにょうぼう」。誰も見ていないときに、頭にある大きな口からバクバクとごはんを食べ、最後くさっぱらを追いかけてくるようなお話だったと・・・。絵がとてもこわかったです。これもそのうち読んであげようかな。鉄砲がこわがって泣きそうだから、もうちょっとしてからね。作: 平野 直 再話絵: 大田大八出版社: 併館書店 税込価格: \1,260(本体価格:\1,200)発行日: 1977年11月10日ISBN: 9784834007077読んであげるなら 4才から自分で読むなら 小学低学年から
■dancyuに愛のムチ!ピシッ!
dancyuは愛読してまして愛するがゆえ今回はムチ打ちます。ピシピシ!というのはですね、あの「ミシュラン」が出たとき、「ったく、外国の格付けなんか、今時そんな喜ぶやつもおらんでしょ」と思ってたら、即日完売が続出とかで、「あーあ」な感じだったんですよ。「ケッ!」って感じだったんですよ。それなら、常日頃からいろんなジャンルの取材しているdancyuさんのほうが全然有益でしょ。そう思ったもんで、書店に並んでおった『全部うまい店2008年版』を買ってきたんですわ。ま、この手の年末に出るレストランガイド群は、5年くらい前に相当読み込んで、それからだらだらと買い続けてたんですが、ま、同じ店が出続けるので、僕的には、もう不要と判断してたんです。でもでも、今回は『ミシュラン』よりも、日本のもののほうがいいよなぁということを再確認するために買ったんですが、これがダメダメ。いやね。2000年に発行されてたdancyuの『全部うまい店』ってのは、すごく便利でクオリティも高かったんですよ。だから今回も良いに違いないと思ったんですが、なんだかなぁ。まず、決定的にダメなのは、この2008年版は、dancyuで2006年の12月から2007年の11月までに掲載された店を、編集して再構成しているだけなんですわ。なんつーか、こういう年度末のやつってマンネリでもいいから、寿司のベストはこことか、そういう総括的なものであって欲しいでしょ。そんな本誌で紹介したからといって、大阪の焼肉やとか、新潟のやきそば屋とか載せられてもなぁ。だから、いわゆる決定版的な装いなのに、単にdancyuさんの都合による1年のまとめになっているのが、最大のガッカリ。これは使いにくいしつまらんです。あと、文字数が少なすぎ。店の数をたくさん載せる必要があったためか、1店に対するネームが少なすぎるから、もう頭悪い文章の連続になってて読む楽しみが皆無。だいたいベースのフォーマットだと1店につき80Wくらいなんだけど、80Wなんか何も書けないでしょ。東京ウォーカーじゃないんだから。やっぱその良さを伝えるには、それなりの文字数が必要でしょ。MAPとか後ろにまとめて入れてその分ネームにするとか、もしくは文字数をたくさん取る店を決めて、似たような店はデータにするとかいろいろ方法がありそうなもんなのになぁ。このへんもダメダメ。つーか、最近、dancyuの本誌もなんかつまんなくなってきたんだよなぁ。いちばん感じるのは記事広告が多すぎです。隙さえあれば記事広入れようって感じで、読んでて萎える。記事広ってセンスが重要で、センスがない人が作ると広告丸出しって感じになるんですが、まさにそんな感じ。ま、これは編集だけでなく広告出している会社側のセンスがないのかもですけどねぇ。昔は缶詰大会やったりとか、買い食いでコロッケ食ったりとかもっと楽しそうだったのになぁ。あと、最近、酒の特集が多いけど、あれツマランですね。日本酒とかワインとか焼酎とか、ビンをずらずら並べて「これ旨い」とか「これ香りがいい」とかいうやつ面白くない。酒なんて、特に日本酒なんかそうですが、ひとつのお店にそんなにたくさん種類は不要です。5種類くらいでもいい。それを店が自信をもって薦めてくれたらそれでいい。ワインもそう。店に何本あるとか、客にとっては別段深い意味はないと思う。それより料理に応じて季節ごとに酒がいろいろ変わるほうがいいよね。(バーはたくさん種類があるほうが楽しいけどね)つまり、飲んでもない酒をビンだけ並べて解説されても、こっちは酒屋じゃないだからって気がする。それよりも、ワインを面白く飲ませてくれる店とか、シングルモルトを旨いツマミとあわせてくれる店(これこないだ『ダカーポ』で上手に特集してた
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